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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)809号・平11年(ネ)4052号 判決

被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。) 全国共済農業協同組合連合会

右代表者代表理事 新井昌一

右訴訟代理人弁護士 山本寅之助

同 芝康司

同 藤井勲

同 山本彼一郎

同 泉薫

同 阿部清司

同 出口みどり

同 出井義行

同 奥田直之

同 安田正俊

同 渋谷元宏

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  控訴の趣旨

主文一、二、四と同旨

2  附帯控訴の趣旨に対する答弁

(一) 主文三と同旨

(二) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  控訴の趣旨に対する答弁

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

2  附帯控訴の趣旨

(一) 原判決を次のとおり変更する。

(二) 控訴人は、被控訴人に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月一八日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一、第二審とも控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言

第二事案の概要及び争点

一  事案の概要

本件は、債権者を和歌山県共済農業協同組合連合会(以下「県農協連合会」という。)、債務者を瀬古勇(以下「瀬古」という。)、第三債務者を控訴人とする和歌山地方裁判所新宮支部平成一〇年(ル)第四一号債権差押命令に基づく債権取立訴訟であり、争点は、後記差押債権である瀬古の控訴人に対する保険金請求権の成否である。

二  争いのない事実(明らかに争わない事実を含む。)

1  平成一〇年一〇月二七日債権者を県農協連合会、債務者を瀬古、第三債務者を控訴人とする和歌山地方裁判所新宮支部平成一〇年(ル)第四一号債権差押命令が発せられ、同命令は債務者に対し同年一一月一四日、第三債務者に対し同年一〇月二九日にそれぞれ送達され、同年一一月二一日の経過により確定した。

2  同命令における請求債権及び差押債権の表示は以下のとおりである。

(一) 請求債権 金二五一万〇九七五円

債権者と債務者間の和歌山地方裁判所平成一〇年(ワ)第三九〇号求償金請求事件の執行力ある判決正本に表示された元金二三八万八七五〇円、損害金一一万六一六五円及び執行費用六〇六〇円の合計二五一万〇九七五円

(二) 差押債権 金二〇〇万円

債務者が第三債務者に対し、(1) の自動車保険契約に基づき、(2) の交通事故の発生によって取得する二〇〇万円の自動車保険金の支払請求権。

(1)  自動車保険契約の表示

<1> 保険証券番号 一五七一四一七〇四二

<2> 契約日 平成九年一月八日

<3> 保険期間 平成九年一月八日から平成一〇年一月八日まで

<4> 保険種類 PAP

<5> 対物保険金額 二〇〇万円

<6> 保険者 第三債務者(控訴人)

<7> 被保険車両 トヨタタウンエース 登録番号 和歌山58す1652

<8> 契約者 債務者(瀬古)

(2)  交通事故の表示

<1> 発生日時 平成九年三月三〇日午後四時三〇分ころ

<2> 発生場所 和歌山県新宮市佐野三丁目三番八二号先路上

<3> 当事者 債務者(瀬古)、井道幾代(以下「井道」という。)及び垣下務(以下「垣下」という。)

<4> 事故車 (1) <7>の被保険車両(以下「瀬古車」という。)

<5> 態様 債務者(瀬古)が瀬古車を運転中、井道運転車(以下「井道車」という。)に追突し、同車を押し出して垣下所有の秋津野電気店のポール及び木造平家建居宅兼店舗床面積八〇・九平方メートルに衝突させて、同建物を損壊させた。

3  右の差押命令発令までの経緯は以下のとおりである。

(一) 平成九年三月三〇日、和歌山県新宮市佐野三丁目三番八二号所在の垣下所有の秋津野電気店のポール及び木造平家建居宅兼店舗に井道車が衝突し、同建物の柱及び看板ポール等を損壊させた。

(二) 新宮農業協同組合は、垣下との間で建物更生共済契約を締結していたため、平成九年一〇月三〇日垣下に対し、共済金二四七万二七五〇円を支払い、同日瀬古に対する同額の損害賠償請求権を取得したが、その後右損害賠償請求権を県農協連合会に権利移転した。

(三) 瀬古は、控訴人との間で、2の(二)の(1) 記載の自動車保険契約を締結していたところ、瀬古は、事故当日の平成九年三月三〇日警察官に対し、垣下所有の建物等に衝突したのは瀬古車であるとの虚偽の交通事故の報告をし、これに基づき控訴人に対し保険金の請求をしたが、控訴人の調査から、垣下所有の建物等に衝突したのは井道車であることが判明したため、控訴人は瀬古からの保険金請求に応じなかった。

捜査機関の捜査の結果、本件事故は、2の(二)の(2) の<5>の態様のものであったとして、瀬古は道交法一一六条の罪で送致され、有罪判決を受け、同判決は確定した。

(四) 県農協連合会は、瀬古を被告として、和歌山地方裁判所に対し求償金請求訴訟(平成一〇年(ワ)第三九〇号)を提起し、同裁判所は平成一〇年九月一七日2の(一)の請求債権記載の元本及びこれに対する平成九年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命ずる判決をした(一件記録)。

(五) 県農協連合会は全国共済農業協同組合連合会と合併し平成一二年四月三日その旨の登記をし、全国共済農業協同組合連合会が訴訟の承継をした。

三  争点

控訴人が瀬古に対し保険金の支払を拒み得る免責事由があるか否か。

(控訴人の主張)

1 瀬古の事故発生通知義務違反による控訴人の免責

控訴人と瀬古との間の自動車総合保険普通保険約款の第六章一般条項(以下「約款」という。)一四条は、「保険契約者又は被保険者は、事故が発生したことを知ったときは、次のことを履行しなければなりません。」と定め、その第二号で「事故発生の日時、場所及び事故の概要を直ちに当会社に通知すること」と定め、同一五条一項は、「保険契約者又は被保険者が右の規定に違反した場合、当会社は保険金を支払いません。」と定めている。

そして、最判昭和六二年二月二〇日民集四一巻一号一五九頁は、「右事故発生通知義務は保険契約上の債務と解すべきであるから、保険契約者又は被保険者が保険金を詐取し又は保険者の事故発生の事情の調査、損害てん補責任の有無の調査若しくはてん補額の確定を妨げる目的等保険契約における信義誠実の原則上許されない目的のもとに事故通知をしなかった場合において保険者は損害のてん補責任を免れる。」と述べている。

ところで、本件の場合、瀬古は事故発生後、自車が直接垣下所有の建物に衝突したとの虚偽の事実を警察に届け出、かつ、これに基づき控訴人に保険金を請求した。

これが誤解によって行った行為であろうと、瀬古は、保険金の支払を得んがために客観的な事実を隠し虚偽の事実を警察及び保険会社に申告するという違法ないし不法な行為を行ったのであるから、事故発生を通知したものとはいえず、信義則上その保険金請求は許されない。

実際に、瀬古の虚偽事実の申告により、井道車が警察の調べを受けずに廃車とされてしまったため、事実が明らかになった時点では、後に瀬古らが述べた事故の態様が真実であるかどうかが解明できない結果となった。すなわち、警察の調査によれば、瀬古車の前部バンパー左側のへこみと、井道車と同型の車両の右後部バンパー部分とは符合するようであるが、事故の発生から警察への届出まで時間を経過していることからすれば、瀬古が虚偽の申告をするに際し何らかの画策をした疑いは否定できないし、瀬古と井道が内縁関係にあることによれば、瀬古車のへこみは本件事故とは無関係に付けられた可能性も否定できず、本件事故が井道車単独による事故であることも考えられる。

瀬古が事故態様につき虚偽の申告をしたことは、控訴人に対し事故発生の事情の調査、損害てん補責任の有無の調査若しくはてん補額の確定を妨げる目的等保険契約における信義誠実の原則上許されない目的のもとに事故通知をしなかった場合に該当し、この場合控訴人は損害のてん補責任を免れるものというべきである。

2 瀬古の不実記載による控訴人の免責

約款の一五条四項は、「保険契約者又は被保険者が前条三号(事故内容の通知)・・・の書類に故意に不実の記載をし・・・た場合には、当会社は保険金を支払いません。」と定めている。

この規定の趣旨は、保険契約者等が事故内容の通知等に不実の記載をすることが、それだけで契約当事者間の信頼関係を破壊するものであり、保険契約の善意契約性に反するが故に保険会社を免責させるというものである。この場合、契約者等の保険金詐取の目的の有無や保険会社の損害の有無に拘わらず保険会社は免責される。

原判決は、1で引用した最判昭和六二年二月二〇日と同様の解釈をとり、本件は客観的にみて信義誠実の原則に違反する行為とみられないし、またそれにより控訴人において損害が発生した場合ではないから、控訴人は免責されないと判示する。しかし、右の判例は約款一六条(対人事故の場合の六〇日以内の通知義務)に関する判例であり、虚偽通知に関するものではなく、期間経過後の通知に関しては判決前から右のような解釈は通説とされていた。

本件は、故意に不実の内容の通知がされたケースであり、それ自体信義則に反する悪質なケースであって、通知義務懈怠の場合と異なり、無条件に免責されることは、学説・判例(名古屋地判平成二・八・三一交民二三巻四号一〇六四頁)とも認めているところである。この場合、保険会社は虚偽の通知により誤った判断をしてしまう反面、一六条の場合のように約款に無知な契約者等を保護するとの要請は働かないからである。

本件でも、たまたま虚偽通知であることが判明したものの、警察も騙されていたように控訴人も騙されて保険金を支払っていた可能性が高い。

原判決は「客観的事実関係に照らせば保険金請求があることが明らか」であるというが、本件では瀬古の虚偽通知によって損害の有無・内容を証明、確定することができなくなり、「客観的事実関係」自体が明白とはいい得なくなった事案であり、虚偽の通知がなされた本件は、モラルリスクを排除すべきケースの典型というべきである。

3 瀬古の保険金請求権の放棄

瀬古は、虚偽の事故報告をしたことを認め、被控訴人の差押前に控訴人に対し、保険金請求権を放棄する旨明言した。

4 予備的一部免責

本件事故に関し瀬古が虚偽の事故報告を行っていたことが判明したのは、控訴人が依頼した有限会社吉田事務所の調査結果によるものであり、控訴人は右の調査のため三三万六六一〇円の調査費を出捐しているから、少なくとも右の限度においててん補責任を免れる。

(被控訴人)

1 控訴人の主張1について

控訴人主張の約款一五条一項の存在は認める。

保険契約における免責条項の適用については、機械的にではなく、制度趣旨などに照らし実質的かつ厳格に解釈されるべきであるところ、本件では、争いのない事実記載のとおり、瀬古が当初の事故報告において、真実は<1>瀬古車の追突により井道車が押し出され、垣下所有建物に衝突したとの経過をたどったにもかかわらず、<2>瀬古車が直接垣下所有建物に衝突した旨の届出をしたものであるが、<1>の場合でも<2>の場合でも、瀬古に損害賠償義務があること及び控訴人に保険契約に基づく保険金支払義務があることは何らの異同もない。

すなわち、瀬古の申告は、瀬古の無知、誤信に基づき、<2>の場合でなければ保険金の請求ができないと考えたことによるものであるが、事故の通知そのままでないとしても、「瀬古が保険契約車を使用中に、加害者として事故を発生させた」との事実の通知であることに違いはなく、事実でない部分(事故の経過)は保険金請求の根幹に関わらない枝葉の部分に過ぎない。

本件は法的見地からみても、請求できない保険金の請求をした事案でもなく、保険金詐欺にも該当しない。

瀬古の申告のうち、事故の経過が事実と異なるのは専ら瀬古の無知に出たものであり、信義誠実の原則上許されない目的のもとになされた場合ではないから、本件は通知義務違反により免責される場合には該当しない。

現実にも、控訴人の調査の着手は相当時間が経過した平成九年五月一五日であり、井道車の廃車は事故後二、三日にされているから、瀬古の申告の不実と井道車の調査の不能とは関係がないし、元来保険金の支払をすべき本件では控訴人に何らの損害も生じていない。

また、最判昭和六二年二月二〇日は、約款一六条違反の場合に関し、常に保険者が損害のてん補責任を免れ得ることを定めたものと解することは相当でなく、損害のてん補を免れるのは保険者が損害を被ったときにおいて、これにより取得する損害賠償請求権の限度においてであるとした。

したがって、約款一五条には「当会社は保険金を支払いません。」との文言があるが、一律にどのような場合も全額免責となるものではない。

2 同2について

控訴人は、当審において約款一五条四項による免責を主張するが、実質的には、瀬古が1のとおり不実の届出をしたことを問題とするもので、新たな事実を免責事由として主張するものではない。

控訴人は、名古屋地判平成二・八・三一交民二三巻四号一〇六四頁を免責の事例として引用するが、これは保険約款上自損事故に該当しない事故を自損事故として届け出た場合のもので、換言すれば「保険事故か否か」に関する事項につき不実をなした場合であるから、もともと瀬古車の衝突によって生じた保険事故の届出である点で真実と異ならない本件には参考となる事案ではない。

前記最高裁判決は、約款一六条に関する判決であるが、同じ免責を定める一五条にも適用されるべきである。元来保険金のてん補がなされるべき事案で、かつ、単に瀬古の無知から届出の不実部分を生じたが、不実の部分が届出事実の根幹を変更していない本件は、虚偽の記載に該当せず、保険契約における信義誠実の原則上許されない目的のもとになされた場合に該当しない。

3 同3について

控訴人の主張3は否認する。

仮に、瀬古が保険金請求権の放棄をしたとしても、これは瀬古の法の不知による錯誤に基づくものであるから無効である。

4 同4について

控訴人の出捐事実は知らない。控訴人は保険事故の届出につき常に調査をするはずであり、その調査費用につき損害賠償請求をすることはできない。

5 附帯請求について

原判決は、遅延損害金については差押の範囲となっていないとして被控訴人の遅延損害金の請求を否定した。しかし、被控訴人の請求する遅延損害金は、被控訴人が取立権を確定的に取得した日(平成一〇年一一月二二日)より後の控訴人の履行の拒絶(遅滞)に基づくそれであるから、控訴人は被控訴人の請求の日の翌日である平成一〇年一二月一八日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払義務を免れない。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、当審における控訴人の新たな主張を考慮すれば、被控訴人の控訴人に対する請求は理由がなく、附帯控訴にかかる請求も理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

一  瀬古と控訴人との間の自動車保険の保険約款の一般条項一四条には、「保険契約者又は被保険者は、事故が発生したことを知ったときは、次のことを履行しなければなりません。」との、その第二号には「事故発生の日時、場所及び事故の概要を直ちに当会社に通知すること」との定めがあること、同一五条一項には、「保険契約者又は被保険者が、正当な理由がなくて前条第二号(事故発生の通知)・・・の規定に違反した場合、当会社は、保険金を支払いません。」との規定が、同一五条四項には「保険契約者又は被保険者が前条第三号(事故内容の通知)・・・の書類に故意に不実の記載をし、またはその書類もしくは証拠を偽造した場合には、当会社は、保険金を支払いません。」との規定があることは当事者間に争いがなく、瀬古が事故発生後、瀬古車が直接垣下所有の建物に衝突したとの虚偽の事実を警察及び控訴人に通知し、かつ、これに基づき控訴人に対し保険金を請求した事実も当事者間に争いがない。

二  控訴人は、右の瀬古の届出は約款一五条一項の事故発生通知義務違反又は同一五条四項の不実記載に該当すると主張し、被控訴人はこれを争う。

まず、事故発生通知義務については、乙三三、三八によれば、瀬古は、平成九年四月一日(本件事故の二日後)午後四時過ぎに控訴人代理店を通じ控訴人に対し、事故状況コメントとして、「新宮方面より走行中、ライターを拾う時、ハンドル操作を誤り、看板へ衝突、鉄柱が折れ、家の屋根・柱が損壊」と説明して事故の発生を通知し、その後同月一六日付交通事故証明書(右の説明に沿う瀬古車の垣下宅への直接衝突を証明するもの)を控訴人に提出したことが認められるから、形式的には、瀬古に通知義務の懈怠は認められず、通知しなかったこと自体を問題とする約款一五条一項には該当しない。

三  次に、約款一五条四項は、「事故内容の通知の書類に不実が記載」された場合を免責要件とし、通知人が自ら書面に不実の記載をした場合を念頭に置いていることが窺われるが、これは、本来、事故の通知が書面でされるべきことが定められているからで(同条項一四条三項)、約款一五条四項は、通知人が保険代理店等に対し、口頭で事故内容の通知をしたが、その事故の状況等の通知内容に不実があった場合をも当然に含むものと解すべきである。この場合、代理店又は保険会社の書面作成は、書面提出義務を負う通知人に代わるサービス業務と評価されるうえ、実質的にみても、通知人が自ら通知書面に不実の記載をした場合と、通知人が口頭で不実の通知をした場合とを区別することは、いわゆるモラルリスク排除(道徳危険排除、すなわち保険契約の善意契約性に著しく違反する反道徳的な保険制度上の危険事案を排除すること)の一例を定める本条項の実効性を実質的に失わしめるからである。

本件では、事故通知の記載は、事故受付プルーフ(乙三三)しかなく、これは代理店の記載又は通知に基づき控訴人において記載したものとみられるが、前記事故状況コメントが瀬古の通知時の説明によるものと認められる以上、右の記載が不実であるか否かを検討すれば足りる。

もっとも、免責の効果の重大性に照らし、通知書類の記載又は通知内容のうち些細な点で不実があった場合の全てにつき保険会社が免責されるとすることは相当でなく、右の不実の対象は、事故の日時、場所、被害者の住所氏名、事故の状況などのうち、保険会社の保険金の支払義務の有無、範囲、程度を調査、確定する上で必要とされる主要事実に限られ、これが故意により記載されたというためには、通知人が真実と異なることを認識していたというに止まらず、これにより、保険会社が事故原因の調査、損害てん補責任の有無の調査若しくはてん補額を確定するにつき、その妨げとなることの認識をも必要とするものと解される。

この見地から、本件にかかる瀬古の事故通知(前記「事故状況コメント」)をみると、右事故状況コメントは前記のとおりであって、その後捜査により判明し、起訴された(乙四)事故の内容とは、事故の発端、損害発生の経路、直接衝突か、井道車を介しての衝突かなど、原因及び因果の経過を根本的に異にするものといわざるを得ない。

乙二八ないし三二によれば、捜査機関に対し、瀬古及び井道が供述するところは、夫婦喧嘩をした瀬古が、井道車を発見、追跡するうち、本件事故現場付近に至り、井道車が減速左折して逃がれようとしたところへ、落ちたタバコを拾おうとして前方不注視となった瀬古車が追突し、その弾みで前方に押し出された井道車が垣下所有建物に衝突したというものであるが、控訴人が保険事故に該当するか否かを判別するためには、このような経緯が真実であるか否かの調査は不可欠である。

ところが、瀬古の前記虚偽事実の申告により、瀬古車の追突を受けたか否かを判断する上で重要な井道車が、警察の調査を受けることなく、平成九年四月三日には廃車とされてしまったため(乙一六、二二、二三)、その後の捜査により通知が虚偽であることが明らかになった時点では、後に瀬古らが述べた事故の態様が真実であるかどうかが解明できない結果となった(乙二一、三八)。すなわち、警察の調査によれば、瀬古車の前部バンパー左側のへこみと、井道車と同型の車両の右後部バンパー部分とは符合するようであるが(乙一九)、事故の発生から警察への届出まで三時間以上を経過していること(乙八によれば、事故の届出は当日の午後七時四〇分である。)、この間瀬古は保険代理店のタックス新宮の社長に電話をし、その後警察に事故の届出をしていること(乙二一)、井道は早々と廃車を決意し、その引取りを自動車解体工の亀井に求めていること(乙二三)などの事実からすれば、瀬古が井道に指示し或いは井道と意を通じて控訴人の代理店に対し事故の通知をするに際し何らかの画策をした疑いは否定できないし、瀬古と井道が内縁関係にあること(乙二八)によれば、瀬古車のへこみは本件事故後に付けられた可能性も否定できないのであり、これら諸点に徴すれば、本件事故が井道車単独による事故であるのにたまたま瀬古車に保険が付されていたことから、垣下への賠償を瀬古の保険金によって償うべく工作した疑いを完全に払拭することはできない。

更には、追突を受けた後の井道車の走行経路、井道車の後部損壊の部位、程度など瀬古車の追突事実の有無、瀬古の追突が過失によるものかどうか、井道に全く責任はなかったかなどの調査も不可欠というべきところ、これが不可能又は困難になったことも明らかである。

以上によれば、瀬古の通知内容は、控訴人による事故発生の事情、損害てん補責任の有無の調査若しくはてん補額の確定をする上で重要な事実につき真実と異なるほか、井道車の早期廃車事実をも考慮すれば、その通知内容は、控訴人によるこれらの調査を妨げる目的でなされていることも当然に推認されるから、控訴人は、約款一五条四項に基づき損害の全部につきてん補責任を免れるものと判断される。

四  この点に関し、被控訴人は、<1>瀬古が当初通知した直接衝突の場合でも、井道車を介しての間接的加害の場合でも、事故の通知そのままではないものの、「瀬古が保険契約車を使用中に、加害者として事故を発生させた」との事実の通知であることに違いはなく、事実でない部分(事故の経過)は保険金請求の根幹に関わらない枝葉の部分に過ぎないこと、<2>法的見地からみても、本件は請求できない保険金の請求をした事案でも保険金詐欺に該当する場合でもなく、事故の経過が事実と異なるのは、専ら瀬古の無知に出たもので、信義誠実の原則上許されない目的(故意)のもとになされた場合ではないこと、<3>控訴人が引用する裁判例は「保険事故か否か」に関する事項につき不実をなした場合であるから、もともと瀬古車の衝突によって生じた保険事故の届出である点で真実と異ならない本件とは異なることから、本件は不実記載により免責される場合には該当しない旨主張する。

しかし、<1>については、通知すべき根幹の事実すなわち重要な事実か否かは、保険制度の通知義務の根拠との関係で判断されるべきところ、事故発生の通知義務は、保険会社をして調査の契機を与え、早期に事故状況、原因の調査、損害の費目、額の調査を行うことにより、損害のてん補責任の有無及び適正なてん補額を決定することができるようにすることにその目的があるところ、通知内容に不実がある場合は、右の目的に添わない調査の方向性、調査事項、程度、調査の対象者などを事実上決定付け、誤った調査と不当な調査結果へと導く可能性や、過大な調査の負担を保険会社に与えることになることは明らかである。

この観点から、例えば、保険契約車両の単純な被害者宅への飛込事故と、保険契約車両の追突による追突被害車両の間接的な飛込事故とを比較すると、両者は右の調査事項及び対象者を全く異にし、真実は後者であるとしても、これを前者として通知することは、保険会社をして適正妥当な調査を遂げさせる上で重大な阻害となるものといわなければならず、瀬古の通知は、この意味でまさに重要な事実を隠蔽するものであるといわざるを得ない。

したがって、単に、「瀬古が保険契約車を使用中に、加害者として事故を発生させた」との前記両者に共通の事実が通知されたからといって、瀬古の通知が不実に当たらないとすることはできない。

次に、<2>については、なるほど、瀬古が、刑事判決を受けた起訴事実と同様の事実を控訴人に通知したとした場合、これが事実と認められれば、保険金の請求は可能な事案であったし、そうであれば、本件通知内容を控訴人に通知したにしても、事後的にみれば瀬古に保険金詐取の故意はないものと評価される。

けれども、それは、右起訴事実が真実であるとの前提が認められて初めていえることであり、本件では、その真実性の調査が瀬古の不実の通知のため不可能又は困難となり、起訴事実が真実であることにつき疑いを容れる余地があるという事案である。そして、約款一五条四項は、保険契約上の義務として、保険契約者又は被保険者は、保険会社に対し、知っている事実を信義に則り誠実に通知すべく、故意に不実を通知した場合には、それだけで直ちに保険金請求ができないことを定めたものであるから、真実を告げていれば保険金請求が可能であったか否かに拘わらず、控訴人は免責されるものといわなければならない。

最後に、<3>につき、被控訴人は当該裁判例は本件に適切な事案でないと主張するが、前記のとおり、本件も、保険事故事案であるか否かを決定する上で重要な事実につき不実の通知がされた事案であるということができるから、被控訴人の主張は理由がない。

五  以上のとおり、控訴人は約款一五条四項により免責されるから、その余につき判断するまでもなく、被控訴人の請求及び附帯控訴に係る請求は理由がない。

第四結語

よって、これと異なる原判決を取り消した上、被控訴人の請求及び附帯控訴をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 正木きよみ 裁判官 三代川俊一郎)

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